大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)839号 判決

上告人・附帯被上告人

徐洪基

(以下「上告人」という。)

右訴訟代理人弁護士

西口徹

安部井上

被上告人・附帯上告人

高木繁治

(以下「被上告人」という。)

主文

一  上告人の上告に基づき、原判決中上告人の請求に関する部分を次のとおり変更する。

1  被上告人は、上告人に対し、金二四七〇万円及び内金二三五〇万円に対する平成五年一月一〇日から、内金一二〇万円に対する平成六年一〇月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  上告人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯上告を棄却する。

三  訴訟の総費用はこれを二分し、その一を上告人の、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人西口徹、同安部井上の上告理由のうち違約金の支払に係る損害に関する原審判断の違法をいう点について

一  上告人の本件請求は、被上告人が上告人に対してした本件建物についての仮差押命令の申立て及び訴えの提起が不法行為に当たり、これにより上告人は本件建物の転売契約を履行することができなくなり、買主に違約金として支払った三〇〇〇万円、得べかりし転売利益八四七九万円(強制競売による買受代金四五二一万円と転売代金一億三〇〇〇万円との差額)及び弁護士費用一九〇万円の損害を被ったと主張し、うち八六六九万円及び遅延損害金の支払を被上告人に対して請求するものである。

二  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、本件建物及びその敷地を所有していたが、本件建物について強制競売の申立てがされ、上告人が、昭和六一年八月二六日、代金を四五二一万円とする本件建物についての売却許可決定を受けた。被上告人は、右売却許可決定の内容を知り、執行抗告を申し立てたが抗告を棄却され、さらに最高裁判所に抗告したが抗告を却下された。上告人は、同六二年六月一日、代金四五二一万円を納付して、本件建物の所有権及びその敷地についての法定地上権を取得した。

2  上告人は、昭和六二年六月二日、土屋汎との間で、本件建物(法定地上権付き)を代金一億円で売り渡す旨の売買契約を締結し、土屋から手付金二〇〇〇万円を受領した。

3  被上告人は、上告人が本件建物の所有権を取得した後も本件建物を上告人に明け渡すことを拒むなどして上告人と争っていたが、自らの主張が法律上認められないことを知りながら、上告人による本件建物の利用や取引を妨害する意図をもって、(一) 昭和六三年七月一八日、上告人に対する本件建物の賃料債権を被保全権利として、本件建物について仮差押命令の申立てをし、これにより仮差押命令が発せられて本件建物に仮差押えの登記がされ、(二) 平成元年七月六日、上告人に対して、本件建物の所有権移転登記の抹消登記手続等を求める訴えを提起し、これにより本件建物に所有権抹消の予告登記がされた。

4  本件建物に右3(一)の仮差押えの登記がされたため、上告人が土屋に対して売買契約を履行することが事実上不可能になったので、上告人と土屋は、平成元年六月七日、売買契約を合意解除し、上告人は、土屋に対して違約金として三〇〇〇万円を支払った。

5  上告人と土屋は、同日、一年以内に右仮差押命令が取り消されることを条件として、本件建物(法定地上権付き)を代金一億三〇〇〇万円で売り渡す旨の条件付売買契約を締結した。しかし、右条件が成就しないばかりか、翌月には右3(二)の予告登記もされるに至ったため、上告人は、右条件付売買契約の履行をすることができなかった。

6  被上告人は、右3(一)(二)の仮差押命令の申立て及び訴えの提起をした時点においては、上告人が転売の意思をもって本件建物を取得、保有していること及び転売がされた場合には上告人が少なくとも一三五〇万円の利益を得ることを知ることができた。

三  原審は、右事実関係の下において、被上告人のした右二3(一)(二)の仮差押命令の申立て及び訴えの提起は上告人に対する不法行為に当たるから、被上告人は、上告人に対して、転売利益相当額一三五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに弁護士費用相当額一二〇万円及びこれに対する訴え変更申立書送達の日の翌日である平成六年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があると判断し、上告人の請求を右の限度で認容し、その余を棄却すべきものとした。

四  しかしながら、原審の右判断は、被上告人が上告人に対して更に一〇〇〇万円の損害賠償義務を負うことを認めなかった点において、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  上告人は、違約金として支払った三〇〇〇万円についての損害の賠償も求めているところ、原審の確定したところによれば、上告人には、転売利益及び弁護士費用相当額の損害のほかに、土屋から受領した手付金二〇〇〇万円と同人に違約金として支払った三〇〇〇万円の差額に相当する一〇〇〇万円の損害が発生したことが明らかである。

2 原審の確定したところによれば、被上告人は、不法行為をした時点において、本件建物の競売による買受代金が四五二一万円であることを知っており、また、上告人が転売の意思をもって本件建物を取得、保有していること及び転売がされた場合には上告人が少なくとも一三五〇万円の利益を得ることを知ることができたというのであるから、被上告人は、自らの不法行為によって、上告人が転売契約を履行できずに一〇〇〇万円程度の違約金を負担せざるを得なくなることをも知ることができたというべきである。そうすると、被上告人には、上告人に生じた右一〇〇〇万円の損害も賠償する義務がある。

3  これと異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の限度で理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定したところによれば、上告人の請求は、原審が認容した部分の外に、一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を認容すべきである。

上告代理人西口徹、同安部井上のその余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

被上告人の附帯上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、上告人の上告に基づき原判決中上告人の請求に関する部分を主文第一項のとおり変更し、本件附帯上告を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)

上告代理人西口徹、同安部井上の上告理由

一 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

1 すなわち、原判決は理由についてはすべて第一審の理由を引用すると述べるにとどまっているところ、第一審判決は、上告人の本件建物取得については何ら無効とされる理由がないこと、上告人は本件建物を土屋に代金一億円で売り渡す旨の売買契約を締結したこと、しかし右契約は被上告人の仮差押命令申立て(第一審判決別紙一覧表9)による仮差押登記により履行が不可能となったこと、そこで上告人は土屋との右契約を合意解除して違約金三〇〇〇万円を支払ったこと、さらに土屋との間で一年内に右仮差押えが取り消されることを条件として代金を一億三〇〇〇万円とする条件付売買契約を締結したこと、ところが被上告人はさらに第六九八号事件(原判決別紙一覧表11)を提起したため本件建物に所有権抹消予告登記がなされたこと、右の各訴訟及び登記等により上告人は土屋との右条件付売買契約に基づく引渡債務の履行が不可能となったことを正当にも認め、被控訴人が右仮差押命令の申立てをし、かつ第六九八号事件を提起して上告人と抗争することは、いずれも法律上到底容認されるものでないことを知りながら、上告人の本件建物の利用や取引を妨害する意図でなされた不当なものであり、訴権濫用の不法行為に当たるものという他はないと認定した。

2 しかるに、原判決は第一審判決をそのまま引用して、被上告人の右不法行為により上告人が被った損害額については、上告人が本件建物を他に売却できなかったことにより通常被るであろう不法行為と相当因果関係にある損害は、競売価格の三割に当たる一三五〇万円であるとした。

3 しかし、不法行為による損害賠償の範囲については債務不履行の場合と同様に民法第四一六条の相当因果関係によって範囲を決するとするのが確立された判例の態度であり(大連判大正一五年五月二二日)、本件における不法行為と相当因果関係ある損害の範囲を決するには「被上告人の知りまたは知りうべかりし特別の事情」もこれを加えて相当因果関係判断の基礎とされなければならない(民法第四一六条二項)。

ところで、上告人は本件強制競売手続きにより本件建物を取得した昭和六二年六月二日の直後に土屋とともに被上告人を訪ね、上告人が右土屋に本件建物を代金一億円で売却する旨の契約を締結したことを明確に告げており、これに対して被上告人は底地も引き取って欲しいと申し入れたほどである。上告人と土屋との売買契約における代金が一億円であることを被上告人が認識していた事実は、浦和地裁昭和六二年(ワ)第一一〇九号事件において被上告人が提出した昭和六三年八月八日付準備書面(甲第二〇号証)の第一項・4において自ら認めているとおりである。

したがって、被上告人は前記仮差押命令申立て等の不法行為時においては、上告人が土屋との間で右売買契約を締結していること、売買代金は金一億円であること等を明らかに認識していたのであり、被上告人の不法行為によって右売買契約が履行されない場合には、上告人において少なくとも競売代金四五二一万円との差額である金五四七九万円の損害を被ることは十分予見していたものである。

4 また、被上告人自身が昭和六三年九月頃に提出した鑑定評価書においても、浦和市全用途の対前年変動率は平均でプラス92.1パーセントとされており、本件建物の敷地については昭和六三年一月一日を基準日として金二億三一三〇万円と評価されている。

また、被上告人も、浦和地裁昭和六二年(ワ)第一一〇九号事件で提出した答弁書(甲第一九号証)第三の一の1において、「本件強制競売物件の鑑定評価日から現在までの不動産の異常な高騰は顕著な事実である。」と主張し、さらに同2において、「本件物件の評価額は金八〇〇〇万円を下まわらないから……」と主張している。

5 さらに、そもそも本件建物等の不動産取引においては、買主が売主に対し売買代金の二割程度の手付金を差し入れること、売買契約が売主側の事由により履行されなかった場合にはいわゆる「手付倍返し」として手付金の倍額の違約金を支払わなければならないこと(甲第七号証・第六条)は、通常人において一般に十分予見されているところである。

本件においても、上告人は右売買契約において土屋から金二〇〇〇万円の手付金を受領したが、被上告人の不法行為により不履行となったため、売買契約書第六条の規定により土屋に対して金四〇〇〇万円の違約金を支払わなければならなかった。実際には、土屋との協議により右違約金は金三〇〇〇万円に減額されたが、上告人は現実に右三〇〇〇万円の損害を被っており、これはまさに被上告人の不法行為と相当因果関係ある損害というべきである。

6 以上のように、原判決及びその引用する第一審判決は、確立された判例の態度に反するものであって、法令の解釈適用の統一を害するものである。

二 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について理由の齟齬がある。

すでに主張したとおり、原判決が引用する第一審判決は、上告人が土屋との当初の売買契約を合意解除して違約金三〇〇〇万円を支払った事実を認定し、さらに被上告人の行為は法律上到底容認されるものでないことを知りながら、上告人の本件建物の利用や取引を妨害する意図でなされた訴権濫用の不法行為に当たると認定した。

にもかかわらず、上告人がいわゆる「手付倍返し」として土屋に金三〇〇〇万円を支払っているにもかかわらず、上告人が被上告人の訴権濫用の不法行為により被った損害を、右金額の半分にも満たない金一三五〇万円と認定したのは、明らかに理由の齟齬があると言わざるを得ない。

三 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな審理の不尽がある。

本件第一審の口頭弁論においては、上告人が被った具体的な損害について裁判所から立証を促すことはまったくなく、損害額を立証する機会すら与えられていない。原審においても、同様に損害額についての主張・立証の機会は一切与えられなかった。

このように、原判決には重要な点について審理が尽くされていない違法がある。

附帯上告人の上告理由〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例